02 12月 2013

プラクティークが始まって。

研修という名のプラクティークが1週間前から始まりました。

私が今通っているkorta vägen(直訳すると近道)は6ヶ月のプログラムですが、そのうち最後の2ヶ月はこのプラクティークが含まれています。
(といっても、スウェ語も他の能力も何も問題ないクラスメイトの中には、興味のある会社を自分で見つけてきて、korta vägenの担当者に会社へコンタクトをとらせ、プラグラムが始まって2週間後にはプラクティークを始るなんて人もいたので、絶対2ヶ月というわけではありません。最低2ヶ月です。)

このkorta vägen、こちらに来て初めて知ったプログラムなのでまた今後一つの記事にして紹介したいと思います。

今私がプラクティークでいっているのは、教育関連企業です。
ここに決めるまではすごく紆余曲折がありました。

下記、自分への覚書です。

一応それなりの目的や意志を抱いてこちらに移住してきたけれど、ここに住んで1年で見えてきた理想に対する現実と将来性をふまえながら、この4ヶ月間自分が何がしたいのか、出来るのかと考えまくりました。

プラクティーク先は、移民教育の一環であるSFI(公的なスウェーデン語教育)のレベルAとB、そしてmigrationssvenska(移住者に対するスウェーデン語)を市から委託し事業を行っています。それ以外にも、医療分野への就職を目指す人に向けた教育や、企業を目指す人に向けた教育等たくさんの教育を行っている企業です。

 私がプラクティークに行っているのは前者2分野。

SFIのAもBも、ほぼ非識字からスウェーデン語の学習を始めた人=難民がほとんどで、学習者の出身国はソマリア、シリア、イラク、ヨルダン、イエメン...まだあまり覚えていませんが、そういった国々です。

Migrationssvenskaというのも、主に難民対象のクラスです。SFIと何が違うかというと、学習者のステイタスです。スウェーデンへ難民としてやってきた後、難民が特定の市へ集住するのを防ぐため、公的な支援が補償される2年間は公的機関(主に自治体)が定めた土地へ暮らさなければならないのですが、その配置(kommunplacering)が決まるまでの間、彼ら(ほぼ男性)はmigrationssvenskaに通わなければならないそうです。(このへんはまだ情報不足なので、こういった自治体レベルでの難民に対する制度も、このプラクティーク中に知っていきたいと思っています。)
なので、Migrationssvenskaで学習している人は、いつどこへ引っ越すことになるのか分からず、非常に不安定な立場です。そして、自治体への配置が決まった後、基本的にはSFIに通う人が多いです。


この1週間で思ったこと、感じたことを箇条書きで...

最初の2日間、ものすごい衝撃を受ける。

SFI AとBクラスをみて(適切な表現が浮かばないので言葉は悪いかもしれないけれど)教育水準の低い大人と接することがいかに難しいか。彼女たちがスウェーデン社会で自活することはほぼ不可能じゃないかということ。そんな難民が、毎年何千とスウェーデンに流れ着いているという事実。ある程度の年齢になると、2年間学校へ通っても非識字からBクラスをクリアすることは稀だということ。それをふまえるとやっぱりスウェーデンの移民政策は失敗だったんじゃないかということ。このまま移民、難民に関わる仕事を目指していると自分がレイシストになるんじゃないかという不安。日本の閉鎖的な移民政策は実はものすごく正しい方法なんじゃないかということ。

と、なんだか頭の中がぐっちゃぐちゃでした。

でも3日目からは何だかもっと落ち着いて、ここでプラクティークをする意義を考えるようになりました。まだまだ慣れたとはいえないけれど、自分にある程度の順応性が備わっていて良かったと思った。。。じゃなきゃ、心を病んでいたことでしょう。。。いや、マジで。

それでも、私が勝手に彼女達の将来を悲観している間にでも、彼女達は黙々と先生にいわれた課題(アルファベットで自分の名前や住所を書いたり、電話番号を書いたりというレベルですが)をおこない、宿題といわれていなくても、残った課題は自分の子どもに手伝ってもらいながら家でやって来て。。。好きな食べ物は何ですかというトピックを学習した翌日にそのソマリア料理を作ってきてくれたり。。。(決して食べ物につられた訳ではない。)しかも、非識字の学習者を受入れるSFIは近辺の市には無いため、片道1時間以上かけて通ってこなければならない人もいます。
もちろん、彼女達が学校へ通う一つの理由は、学校へ通うことが補助金をもらう条件であることに変わりはないと思いますが。。。

なんというか、同情に意味はないけれど、彼女達の境遇に胸がしめつけられた一週間でした。

だって、こうなったのは彼女達のせいではなく、政府が機能してない国、社会のせいなのではないですかね。そしてそれを放置している世界のせいでもあると思うんですが。

なんだかまとまりのない記事になったけれども、どんな国出身の人でも、日本という小さな島国を知っていて、いまだに高度経済成長期の日本をイメージしているのか、日本を褒めちぎってくれる人たちが多いです。そして改めて、私がこうやって日本語で言いたいことが表現できて(超乱文ですが)、英語や社会的知識も勉強できて、ここスウェーデンで生きているということが、自分の努力だけではなくて、日本のお偉いさんが長い年月をかけて教育制度や社会制度を整えて、経済発展のために先人が一生懸命働いてくれて、そういったことが積み重なった結果なんだろうなと、考えても仕方の無いことを考えちゃっている今日この頃です。

プラクティーク先の先生達はみんな優しくて良い人ばかり。そしてヘタクソなスウェ語に慣れているおかげか、私のスウェ語にもきちんと耳を傾けてくれます。


01 12月 2013

Första advent。

あっというまに師走。2013年もあと1ヶ月となりました。

二十歳の頃に大好きだった人、当時28歳が「二十歳過ぎたら、毎年あっという間に過ぎていくよ」と、ことあるごとに言っていたけれど、その言葉を心の底から実感する今日この頃。はやいよーーーー。

と、センチメンタルな話はこのへんにして、12月最初の日曜日はförsta adventです。
日本語だと待降節第一主日というらしいですが、なんのこっちゃですよね。アドベントが何なのかという説明は、今のところ興味が無いので割愛しますが、クリスマスまでの毎週日曜日にロウソクを灯したり、グロッグ(ホットワイン)を飲んだりして、クリスマスに向けてカウントダウン的なプチ祝いをする習慣です。

今日がそのförsta adventだったので、友人宅でプチフィーカをしてきました。
それに向けて、今年(というか人生)初めてのサフランパンを焼きました。
サフランパンはスウェ語ではLussekatt(ルッセ・カット)といい、ちょうどこの時期からお店で販売されるようになります。何度も食べたことはあったけど、1から焼いたのは今回が初めて。

形がナメ●ジみたいになってしまった。要練習。
写真の奥が、アドベント・キャンドル。
毎週日曜日に一本ずつロウソクを灯していきます。
クリスマスには欠かせないシナモンクッキー。
ブルーチーズと合わせて食べるのが新しい習慣。
ホットワインことグロッグ。右二つはアルコールフリー。
二つともクリスマスマーケットで購入。
今日のヒットはこのグロッグ。おしゃれなボトルに入ったViltglögg。
「自然のグロッグ」という名にふさわしい、ベリーテイストのフルーティなグロッグでした。

毎年限定のグロッグを出しているブロッサ社のグロッグ。

このブロッサ社の去年の味は我が国、日本、しかも高知の柚子という素晴らしいサプライズだったのですが、今年の味はスウェーデンのダーラナ地方の伝統的なものだそうです。

伝統的なグロッグの味って何ぞや、と思ったのですが。
ボトルには伝統的なスパイス!とかしか書いてなくて未だに謎なまま。。。


というわけで、今年もあと1ヶ月。
やり残しがないように、1日1日をしっかり過ごしたいと思います。